京大、植物体内の共生菌社会を動かす「中心核」となる種が存在することを発見

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発表日:2016年3月9日
植物体内の共生菌社会を動かす中心核
-農業における微生物利用の新たな戦略-

 京都大学大学院人間・環境学研究科 東樹 宏和 助教を中心とする研究チームは、植物の根に共生する真菌類(きのこ・かび類)が形作る複雑な「相互作用ネットワーク」の構造を解析し、植物体内で繰り広げられる複雑な共生微生物間の関係性において、「中心核」となる種が存在することを発見しました。
 「中心核」となる微生物を特定するこの解析技術により、植物の生育を促す「善玉菌」の定着を促進したり、植物に寄生する「悪玉菌」を排除したりする技術の研究が加速すると期待されます。肥料や農薬の使用を抑えつつ植物の健康状態を制御する技術を発展させる上で、微生物を利用した新たな研究の方向性を示す成果と言えます。

 本研究成果は、英科学誌「Journal of the Royal Society Interface」誌に掲載されました。

■概要
 動物や植物の健康状態は、体内に共生する細菌や真菌によって左右されています。身近な例で言えば、ヨーグルトに含まれるビフィズス菌の摂取によって、病原性大腸菌 O157の感染から身を守ることができます。植物においても、「菌根菌」という真菌類が根に感染することによって、宿主植物の生育が促され、病原性生物による悪影響も抑えられることが繰り返し報告されてきました。こうした菌根菌たちが農林業に及ぼす効果は絶大であると考えられており、これまで、どの植物種にどの菌根菌が適しているのか、膨大な研究が積み重ねられてきました。しかし、菌根菌の多くは培養するのが難しく、また、たとえ農地に撒いたとしても、植物と安定した関係を結んでくれるとは限りません。さらに、菌根菌のほかにも、数えきれない種類の「内生菌」と呼ばれる真菌たちが植物体内に共生していることが近年わかってきており、植物体内の微生物相の制御は極めて難しい課題とされてきました。
 そこで、東樹助教を中心とするグループは、真菌たちが構成する「相互作用のネットワーク」に着目し、DNAバーコーディングという技術で得られた膨大なデータを解析しました。その結果、一見複雑な植物体内の微生物相であっても、ごく少数の「仲良し菌グループ」に分類されることを発見しました。
 さらに重要なことに、この「仲良し菌グループ」のそれぞれには、「中心核」となる種が存在することがわかりました。こうした「中心核」の種をグループの「まとめ役」として利用することで、植物と菌根菌や植物と病原菌の関係を全体的に制御できる可能性があります。この「中心核」種には、菌根菌よりも培養が容易と考えられる内生菌が含まれており、これまで注目を集めてこなかった生物を効率的に利用する道が拓けると期待されます。

 ※図1は添付の関連資料を参照

■研究者からコメント
 本研究は、生物学と情報科学の融合によって成り立っています。分野融合研究は、立ち上げに時間がかかる上に、成功するかどうかもわからないので、1つの分野の課題に集中する場合に比べて不利な面もあります。しかし、リスクを負った挑戦だったからこそ、基礎科学としても応用科学としても、独自の視点を提示できたのではないかと思います。いっぽうで、今回の成果は今後の詳細な検証のための通過点に過ぎないという面もあります。より新奇性が高く、応用科学面でも将来性のある研究につなげて行きたいと思います。
 この研究成果は育児休業を挟んで発表に漕ぎ着けました。支えていただいた職場の方々に感謝するとともに、国立大学における男性の育児休業取得率が今後向上していくことを願っています。

1.背景
 大量塩基配列解読装置(次世代シーケンサー)の登場によって、近年、微生物学が目覚ましい発展を遂げるなか、動物や植物に共生する微生物たちが果たす驚くべき役割が次々に明らかになってきています。ヒトの腸内に生息する細菌類を調べた最近の研究では、精神疾患や病原性生物に対する抵抗性において腸内細菌の組成が重要であることが指摘されています。また、我々人類の個々人が、腸内細菌相に関して3つほどのタイプ(エンテロタイプ)に分類されることもわかってきました。こうした医療面での関心を背景に、複雑な共生微生物の世界を情報科学や生態学の視点から解き明かそうという動きが活発化しています。しかし、植物を対象とした研究においては、「どんな共生微生物がいるのか」が解明され始めたいっぽう、その生態学的な解釈はまだ初歩的な段階に留まっています。
 植物科学においては従来、個々の有用微生物種/病原性微生物種と植物種の関係性が重点的に研究されてきました。しかし、1個体の植物体の中のでさえ、無数とも言える菌根菌や内生菌、寄生菌が共生しているのがふつうです。上記の「1微生物 対 1宿主」の研究設計は、自然生態系や農地における植物の健康状態を予測する上で、現実を反映しにくいという問題がありました。次世代シーケンサーを利用して複雑な微生物相のデータが手に入るようになってきましたが、植物に共生する微生物たちの動態を人間が理解・管理するまでには、まだ長い道のりが待っている状態です。
 今回の成果により、多数の種で構成される植物体内の共生微生物相であっても、単純なパターンに還元して理解できることが明らかになりました。また、情報(ネットワーク)科学の解析技術を応用することにより、微生物相全体を制御している可能性のある「中心核」種の存在が浮かび上がってきました。
 こうした成果は、「中心核」となる真菌種を狙い目とした比較的簡単な処理によって植物に共生する微生物相を制御し、植物個体の健康状態を長期的に維持する技術につながっていくと期待されます。

2.研究手法・成果
 植物と地下の真菌類との共生関係は、肉眼では観察することができません。また、顕微鏡下で観察にしても、真菌は極めて種の多様性が高く、また、形態的な特徴に乏しいのが制約となります。特に内生菌の種多様性は膨大で、人類はまだその一部を理解し始めたに過ぎません。
 こうした研究上の制約を打破する技術として注目されているのが、「DNAバーコーディング」です。
 地球上に存在するすべての生物は、その種に固有のDNA配列を持っています。そのため、特定のDNA領域を「バーコード」とみなして、そのデータベースを作ったり、照合を行ったりすることが可能です。
 この技術があれば、植物根内に共生する目にみえない微小な真菌類であっても、DNA配列を解読することでその種を特定することが可能です。日本の研究チームは、このDNAバーコーディングの理論的基礎の構築と自動化の面において、重要な貢献をしています(「あらゆる生物の名前をDNAに基づいて特定する「DNAバーコーディング」の理論的枠組みを確立」[2013年10月19日発表]を参照)。こうした技術革新により、地下で繰り広げられる植物と真菌たちの複雑な関わりを大規模に解明できるようになってきました(「植物と根に共生する真菌がつくりだす複雑な「ネットワーク」構造を解明」[2014年10月20日])。
 今回、ナンキョクブナの1種が優占する森林において、600個ほどの根のサンプルを採取し、次世代シーケンサーを用いたDNAバーコーディングを基にして、個々の根に共生する真菌の組成を分析しました。

 その上で、同じサンプルから一緒に検出されることが多い真菌種のペアを統計的に検出しました(図1の青線)。この真菌種どうしを結ぶネットワークの構造を詳しく調べると、大きく分けて2つの「仲良し菌グループ」に分けられることがわかりました(図2)。一見複雑に感じられる真菌種間の関係性ですが、ごく少数のグループに分類できることがこの結果から読み取れます。

 ※図2・3は添付の関連資料を参照

 つぎに、植物個体の立場から、真菌相をタイプ分けしました。「背景」で述べたように、ヒトの腸内細菌相は3つほどのタイプに分かれていて、ヒト個人個人の健康状態を反映していると言われています。
 宿主である植物側からの視点で、真菌相のデータを解析し直してみると、今回調査を行ったナンキョクブナの個体は、2つのタイプに分類できることが示唆されました(図3)。この植物個体タイプは、真菌側の解析で明らかになった「仲良し菌グループ」に対応していることもわかりました(図4)。これらの「仲良し菌グループ」が植物個体の生理状態を反映しているのがどうかはまだわかりません。しかし、この研究結果から、無数の真菌種のそれぞれについて「1微生物 対 1宿主」の研究をする必要はなく、「1仲良し菌グループ 対 1宿主」の関係を軸に研究を展開すればよいことが示唆されます。

 ※図4は添付の関連資料を参照

 さらにデータの解析を進めたところ、それぞれの「仲良し菌グループ」の中に、グループ内の他の真菌たちとひときわ「仲良くやっている」種が存在する可能性が浮上してきました。図5は、ネットワーク科学で用いられる「(媒介)中心性」という指標を用いて解析の結果で、どの種がグループの「中心核」として重要な役割を担っているのかを推測しています。こうした種(「グループ内中核種」)は、グループ内の他の種を助ける働きをする一方、グループ外の種が植物体内に侵入するのを阻害している可能性があります。また、2つのグループの中間に位置し、両グループを「橋渡しする」種も見つかりました(「グループ間中核種」)。こうした中核種は、植物個体の共生微生物相ががらりと変化する際に重要な役割を担っているのかもしれません。

 ※図5は添付の関連資料を参照

3.波及効果
 ネットワーク科学と生態学を導入した今回の研究により、従来認識されてきたよりもずっと単純なパターンとして植物体内の共生微生物が解析できることが明らかになりました。病害虫に対する抵抗性や収量の増加を目指した植物共生微生物の研究においては、特定の1微生物種との関係性に焦点を絞った上で、作物品種の育種が行われています。しかし、そうした「1微生物 対 1宿主」の研究モデルでは、実際の農地における複雑な微生物間相互作用を考慮することができず、応用範囲が限られてしまいます。
 本研究の成果によって、複雑な共生微生物が存在する農地生態系であっても、「1仲良し菌グループ 対 1宿主」という構造に還元して研究が行えることが示されました。また、多数の共生微生物種の中から「中核種」を見いだす方法が示されたことにより、特に注目して研究すべき微生物を選び出す研究戦略を提起することができました。
 重要なことに、こうして見出された「中核種」(図5)の中には、菌根菌と違って培養が比較的容易な内生菌が含まれている可能性があります。たとえば、こうした内生菌をあらかじめ苗や種子に接種しておくことにより、病原性生物の侵入を防ぎ、好ましい菌根菌を呼び寄せることができるかもしれません。
 科学的に効果が実証されていない微生物資材が大量に市場に出回ってしまっている現在、こうした微生物の利用に向けては厳密な検証が求められます。そのいっぽうで、地球上の限られた資源で人類が今後も共存していくためには、肥料や農薬の使用を最低限に抑える技術の開発が急務となっています。

4.今後の予定
 本研究は1植物種を対象とした共生微生物解析をもとにしているため、さまざまな植物種で同様の研究を行い、現象の一般性を精査していく必要があります。今後、イネなどの作物種も対象としながら、研究を拡大していく予定です。また、今回は植物の地下部に共生する真菌を対象としていましたが、地上部に共生する他の微生物群(細菌等)も解析対象としながら、より幅広い知見を集積していきたいと思います。
 今回の成果はネットワーク科学に基づく理論的な側面が強く、「中核種」が実際に重要な働きをしているのかどうかを今後実験的に検証していく必要があります。こちらの方向性でも、多角的な検証を進めていきたいと考えております。
 本研究の手法は、どのような植物種に対しても適用可能です。しかし、次世代シーケンシングやDNAバーコーディング、ネットワーク科学、生態学の知識を必要とするため、利用にあたってのハードルはまだ高いと言わざるを得ません。こうした多分野の知識を独学することの難しさを鑑み、上記技術の初級~中級技術に関する解説書を出版する予定です(「DNA情報で生態系を読み解く -環境DNA・大規模群集調査・生態ネットワーク」 東樹宏和 著. 2016年3月. 共立出版)。

<論文タイトルと著者>
 論文名:
  Network moduels and hubs in plan-root fungal biome

 著者名:
  Hirokazu Toju,Satoshi Yamamoto,Akifumi S.Tanabe,Takashi Hayakawa,Hiroshi S.Ishii

 掲載誌:
  Journal of the Royal Society Interface

<用語解説>
 「菌根菌」:
  植物の根に共生して、植物に窒素やリンといった土壌養分を提供する真菌類(きのこやかびのなかま)。
  植物はこの土壌養分の見返りに、光合成で生産した炭水化物の2割ほどを菌根菌に提供している。陸上植物種の90%以上が、根に何らかの菌根菌を共生させているとされる。マツタケは菌根菌の代表例である(生きたマツから炭水化物をもらわなければ生きられないため、工場栽培できず、価格が高い)。

 「内生菌」:
  植物の体内に共生しているが、その機能がよくわかっていない真菌類。内生菌と呼ばれてきたもののなかにも、宿主植物の栄養状態を改善するものや、宿主植物の病原抵抗性を高めるものが知られるようになってきている。

<研究資金>
 この研究は、内閣府の「最先端・次世代研究開発支援プログラム」(GS014)および日本学術振興会の科学研究費(若手A)の研究資金を基に実施されました。

リリース本文中の「関連資料」は、こちらのURLからご覧ください。
図1
http://release.nikkei.co.jp/attach_file/0409167_01.JPG
図2・3
http://release.nikkei.co.jp/attach_file/0409167_02.JPG
図4
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図5
http://release.nikkei.co.jp/attach_file/0409167_04.JPG